全体構成案(シーン概要)
- シーン1「京への道」
律令制度の基盤と、平城京遷都に向けての動きが加速する背景を描く。 - シーン2「若き官人の挑戦」
架空の官人・橘(たちばな)の雪盛(ゆきもり)が、都建設計画の中核に携わり始める様子を通して、律令国家の仕組みや権力構造を理解する。 - シーン3「都建設の苦闘」
平城京の造成工事を進める中で起こる困難や、民衆の負担、地方との温度差が明らかになり、中央集権的な仕組みの実態が浮き彫りになる。 - シーン4「完成への光」
工事の最終段階。多くの苦労を乗り越えて完成した都と、これからの律令国家の展望を示す。
登場人物紹介
- 元明(げんめい)天皇
平城京遷都を決断した女性天皇。唐の都市にならった壮大な都を構想する。 - 藤原不比等(ふじわらの ふひと)
律令制度整備の中心人物の一人。都建設や政策面で元明天皇を支える。 - 橘(たちばな)の雪盛(ゆきもり)(架空人物)
若き官人。地方の下級貴族の家柄出身で、律令制度の現場を学びながら都建設に携わる。 - 里人たち・工匠たち(複数の架空人物)
土木工事や資材運搬で都の基盤を築く民衆。地方から徴発された者も多い。 - そのほかの官人(架空)
中央の政務を担う上級貴族や、都建設を統括する役人たち。
本編
シーン1.京への道
【情景描写】
西暦710年。まだ朝の空気が冷たい早春。大和の国・藤原京から北へ目を向けると、小高い丘と広がる平野が白い朝靄に包まれている。そこは、まもなく「平城京(へいじょうきょう)」として華やかな都が築かれようとしている場所である。朝焼けが差し込むと、まだ何もない荒涼とした土地にわずかな人影が見える。馬に乗った官人や、土を運ぶ里人が少しずつ集まり始めていた。
都建設を提案したのは、唐の長安(ちょうあん)を手本とし、中央集権的な政治をより強固にするため。行き交う人々の足取りからは、新しい時代への期待と不安が感じ取れる。
【会話】
- 【橘の雪盛】
「(馬上で辺りを見回しながら)これが……新しい都の候補地、平城京になる場所か。ずいぶん広い……」 - 【同僚官人A】
「ええ。藤原京も唐を参考にしていましたが、今回の都はさらに本格的に“律令国家”を体現するための大事業になるそうですよ。元明天皇は、唐にならった都市設計をより大規模に進めるお考えです。」 - 【橘の雪盛】
「律令というのは刑法と行政法をまとめた仕組みだと学びました。唐の制度を取り入れ、わが国でも班田収授法(はんでんしゅうじゅほう)や戸籍制度を整えたとか。」 - 【同僚官人A】
「その通り。律令がきちんと機能するには、都をしっかり築いて官吏が政務を執り、地方と結びつける要が必要なんです。ここに京をつくることが、国をまとめる大切な第一歩になります。」
朝日が差し込む中、平坦な地形に目をやる雪盛の胸には、一抹の不安とともに期待が押し寄せる。大業を前に、官人たちの意気は盛んだ。
シーン2.若き官人の挑戦
【情景描写】
建設準備が進む仮の事務所。粗末な木の机が並び、そこに役人や書記が詰めている。外には建設予定地の地形図や資料が置かれ、役人がひっきりなしに出入りしている。雪盛は地方から推薦されて中央官僚に登用されたばかりで、律令制度と都建設計画を目の当たりにしながら、学ぶことばかりだ。
すでに唐の都市設計を参考にして碁盤の目状の街路を作ることが決まっていた。が、そのためには測量技術、治水工事、膨大な人員の手配が必要だった。若手官人には、とにかく“実務”が山のように回ってくる。
【会話】
- 【橘の雪盛】
「(地図を広げながら)大極殿(だいごくでん)はこの正面に……中央北側の少し高い土地ですね。ここを政治の中心とし、南に向かって都が広がると。」 - 【同僚官人B】
「そうです。大極殿は儀式や政治の中枢ですから、堂々とした造りが求められます。問題は、そのための木材と労働力をいかに確保するか。地方からの調達は容易ではありません。」 - 【橘の雪盛】
「わたしの家は地方出身なので痛感しています。都の建設で徴発される人や物資が多すぎる、という声がすでに出ていますから……。」 - 【同僚官人B】
「律令制度では、班田収授法で農民に田を与え、そのかわり納税や労役の義務を課しています。制度は整っていても、負担が増えれば農民が疲弊するのも事実です。」 - 【藤原不比等(奥から登場)】
「そこが我らの腕の見せどころだ。若い官人が知恵を出し合って、天皇の大事業を支えるのだよ。」
厳粛な声とともに現れた藤原不比等は、朝廷内で律令制度を形づくった要人。血の通った制度運営が求められることを、静かに説いているかのようだった。
シーン3.都建設の苦闘
【情景描写】
数か月が経ち、工事は本格化する。大きく切り拓かれた土地には、はるか先まで足場や仮設の家屋が並び、作業にあたる数多くの民衆の姿がある。大雨の日は足元が泥濘(ぬかる)むなど、自然との闘いでもある。一方で、中央から派遣された官人たちと地方の人々との間で緊張感が漂う瞬間も。負担増に苦しむ農民が口をこぼし始め、雪盛は調整役として奔走する。
【会話】
- 【里人C】
「すみません、官人さま。今日は大雨で材木を運ぶのが厳しいんです。これ以上無理をすれば人も荷車も危ない……。」 - 【橘の雪盛】
「わかりました。まずは安全を優先します。命あってのことですから。天候が回復すれば、再開しましょう。」 - 【里人D】
「(不安げに)ただでさえ租税(そぜい)と労働の負担がきついんです。都づくりはありがたいことかもしれませんが……俺たちの暮らしはどうなるのか、先が見えない。」
雪盛は言葉に詰まる。律令制度上、国全体のことを考えれば都の整備は必須だが、それに振り回される人々の生活がある。それでも若い雪盛は、一人ひとりの声を記録に残そうと心に決める。
【会話(続き)】
- 【橘の雪盛】
「(心を込めて)おっしゃる通りです。私は都建設の必要性を理解しつつ、民の声を朝廷に届ける使命があると思っています。時には苦しいこともあるでしょうが、どうかもう少し……」 - 【里人C】
「官人さま……」
里人の目にも、雪盛が本気で向き合おうとしている姿が映る。その一方、次々と届く命令書は都建設を加速しろとの一点張り。雪盛は、中央と地方のはざまで心を痛めながら奔走する。
シーン4.完成への光
【情景描写】
西暦710年、都造営は大きな節目を迎える。砂埃を巻き上げながら、多くの人々が行き交う工事現場。大極殿はまだ完成途中ではあるが、すでに大屋根が空高くそびえ、その威風堂々とした姿は新時代を象徴しているかのようだ。
やがて、陽の光が差し込む広大な朱塗りの門の前に元明天皇や藤原不比等、そのほか朝廷の重臣たちが集まる。ここに正式に遷都が宣言され、都は「平城京」として国の中心となる。
【会話】
- 【元明天皇】
「(門を見上げて)ここが新しき京か……。唐に倣いながらも、わが国独自の工夫が随所に見られるという。民の労苦をねぎらい、律令のもとに国を治めてゆかねばな。」 - 【藤原不比等】
「はい。律令制度もさらに整い、人々が安心して暮らせる国づくりが進みましょう。新都を中心に、各地とのつながりも深まるはずです。」 - 【橘の雪盛】
「(深々と礼をしながら)都の建設に携わらせていただき、光栄に思います。まだ課題は山積みですが、これを機に律令の精神をさらに行き渡らせていきたいと考えております。」 - 【元明天皇】
「うむ。そなたのような若き官人が支えてくれるのは頼もしい。さあ、ここを我らの国の中心にするのだ。」
こうして平城京は華々しく幕を開ける。民衆の生活はこれからも変化を続けるだろう。大きな都ができたことで、さらに政治や文化の新しい時代が到来する――。
あとがき
今回のエピソードでは、奈良時代の幕開けを象徴する平城京遷都と、それを支えた律令制度の概要を描きました。
唐の制度を取り入れつつも、日本独自の社会事情や地理的条件のもとで工夫を凝らした都市づくりが行われ、律令国家としての骨格が固められた時代でした。
しかし、その一方で、地方の民衆に大きな負担がかかり、中央と地方との間には緊張や矛盾も生じています。次のエピソード以降では、国家事業としての仏教や文化の隆盛といった奈良時代を特徴づける動きを描きながら、社会の光と影を探っていきたいと思います。
用語集(歴史を学ぶうえで重要な用語の解説)
- 律令(りつりょう)
唐にならった刑法(律)と行政法(令)を体系化した法律・制度。班田収授法や戸籍制度など、中央集権的な国家運営を支える仕組み。 - 班田収授法(はんでんしゅうじゅほう)
国が農民に口分田(こうぶんでん)を与え、その代わりに租税や労役を負担させる制度。土地と民衆を直接把握するための政策。 - 藤原不比等(ふじわらの ふひと)
飛鳥~奈良時代の政治家。大宝律令(たいほうりつりょう)などの整備に関わり、藤原氏の勢力を拡大させた。 - 元明天皇(げんめい てんのう)
平城京遷都を行った女性天皇。藤原宮(藤原京)からさらに大規模な都市づくりを目指した。 - 大極殿(だいごくでん)
律令時代の宮殿の主要な建物。朝堂院(ちょうどういん)を含め、重要な儀式や政治が行われる場所。 - 唐(とう)
中国の王朝(618年~907年)。高度な文化と制度を誇り、日本は多くの官僚機構・都市設計を模範とした。
参考資料
- 中学校社会科教科書(東京書籍・教育出版など)
- 『岩波 日本史辞典』
- 奈良文化財研究所 発掘調査報告
- 『続日本紀』現代語訳
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