【Ep.4】日本書紀と古事記―日本のルーツを記す営み

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全体構成案(シーン概要)

  1. シーン1「朝廷の決断」
    中国(唐)のように国の正史をまとめる必要を感じた朝廷が、古事記・日本書紀の編纂(へんさん)を決断する背景を描く。
  2. シーン2「記録と伝承の狭間」
    神話・伝承をどう取り込むか、また政治的意図と事実性のあいだでゆれる編纂者たちの葛藤を描く。
  3. シーン3「完成への道」
    多くの伝承・資料を総合しながら編集作業が進み、古事記(712年)・日本書紀(720年)が完成へと向かうドラマを追う。
  4. シーン4「“日本”という国の物語」
    2つの書物が世に出たことで朝廷に与えた影響や、後世に残した意義を示し、本エピソードを締めくくる。

登場人物紹介

  • 元正(げんしょう)天皇
    奈良時代前期の天皇。前代(元明天皇)からの施策を継承し、国の歴史をまとめたいという強い意志を持つ。
  • 舎人親王(とねりしんのう)
    日本書紀編纂の中心人物とされる皇族。唐の正史のような体系立てた歴史書を作ろうとする。
  • 稗田阿礼(ひえだの あれ)
    古事記の編纂において口誦(こうしょう)伝承を記憶し、語り部として重要な役割を果たしたと伝わる人物。
  • 太安万侶(おおの やすまろ)
    稗田阿礼の記憶する物語を文字に起こした古事記編纂の実務担当者。まとめ方をめぐり苦悩する。
  • 橘(たちばな)の雪盛(ゆきもり)(架空人物)
    前エピソードからの継続登場。若き官人として、史書編纂の事務に関わり、資料の収集や編纂の実務をサポートする。
  • 藤原不比等(ふじわらの ふひと)
    律令制度整備で活躍した実在の政治家。ここでも朝廷の高官として、編纂プロジェクトを支える。

本編

シーン1.朝廷の決断

【情景描写】
奈良の都・平城京。早朝の空気が冷んやりと澄んでいる。朝露を受けた庭の草木が光をはじき、白い陽射しが宮中の回廊を照らしている。大極殿(だいごくでん)の前では、朝の儀式を終えた官人たちが出仕(しゅっし)を待っている。その表情はどこか緊張感が漂う。昨今、唐との国際関係が深まる中で、「日本」という国名を公にし、国の正史をまとめる必要性が高まっているとの噂が絶えないからだ。

【会話】

  • 【元正天皇】
    「藤原不比等、そなたの考えを聞かせてほしい。わが国も、唐のように正史を持つべきではないか?」
  • 【藤原不比等】
    「はい、陛下。すでに天武(てんむ)天皇の時代から、その必要性を感じていました。国の歴史を体系的にまとめ、朝廷の正統性を示すことが今こそ必要と存じます。」
  • 【元正天皇】
    「ここまで律令も整い、都も平城京として安定しつつある。しかし、国内にはさまざまな伝承や神話が混在している。唐のように、はっきりとした“国の書”を作り上げよう。」
  • 【藤原不比等】
    「畏(かしこ)みました。では舎人親王を中心に、朝廷内の学識者や史官を集めて編纂を進めさせましょう。」

元正天皇の瞳には、新たな時代を切り拓く決意が見てとれる。「日本」が一つの国として認められるための大事業が、ここに動き出したのだ。


シーン2.記録と伝承の狭間

【情景描写】
ある日の夕刻、平城京の一角にある書庫。巻物が無数に積まれ、埃(ほこり)っぽい匂いが立ちこめる。桟敷(さんじき)の上には、歴史書や氏族の系譜、古代からの伝承を記した文書が並ぶ。その一室では、舎人親王を中心に数名の官人が集まり、編纂方針について議論を重ねていた。架空の若き官人・橘の雪盛が、筆を走らせてメモを取っている。

【会話】

  • 【舎人親王】
    「日本書紀は唐の正史を範に、年代順に記す“編年体(へんねんたい)”でまとめるべきだと考えています。神代(かみよ)からの神話をも、政治を語る上で省けない要素です。」
  • 【官人A】
    「神々の物語と、天皇の系譜をどう繋ぐのか……この国の統治が“神の血筋”によって正当化されるという理を、わかりやすく示す必要がございますね。」
  • 【橘の雪盛】
    「ですが、全国には神話とは異なる伝承も多く残っています。その取捨選択はどのように……?」
  • 【舎人親王】
    「そこが悩ましい。すべてを載せれば書物が肥大化する。一方で、あまりに削りすぎれば真実を損なうかもしれん。政治の意図も考慮しなければならぬし……。」

その一方、別室では古事記編纂のために、稗田阿礼が伝承を語り、太安万侶が筆を走らせていた。

  • 【稗田阿礼】
    「(口誦で語りつつ)イザナギ、イザナミが国を生み、神々が活躍する時代……この物語は多くの氏族の由来とも繋がっております。古き語りをどのように書き留めていただけるのか……。」
  • 【太安万侶】
    「(一心に書き留めながら)阿礼殿の記憶は驚くほど鮮やかで、まるで神々の時代が目の前に広がるようです……だが、皇室(こうしつ)の系譜を主軸にまとめるにあたって、余分な伝承はどう扱うべきか……。」

複数の文書や伝承を前に、編纂者たちは神話・政治・事実のバランスを探りながら筆を動かす。古事記は物語調でまとめられ、日本書紀は正史としての体裁を整えていくが、その途中には多くの苦悩があった。


シーン3.完成への道

【情景描写】
季節はめぐり、春。外ではウグイスの声がかすかに聞こえる頃、朝廷は“古事記完成”の報を受け取る。西暦712年、太安万侶が編纂した書が元明天皇(当時の天皇)に奏上された。その後も編纂作業は進み、数年をかけて日本書紀の完成を目指す。

平城京の役所の一室。書き上げられた古事記の草稿を手に、橘の雪盛は興味深く読みふけっている。

【会話】

  • 【橘の雪盛】
    「(古事記の巻物をめくりながら)神々の生まれや活躍が、こんなにも生き生きと描かれているとは……。これは確かに物語として人を惹きつける。だが、一方で歴史書としての精密さはどうなんだろう?」
  • 【官人B】
    「うむ。それが古事記と日本書紀の大きな違いかもしれない。古事記は、主に皇室の由来と神話が物語的に描かれている。一方、日本書紀は唐の様式を取り入れ、正史の体裁を整えた形になるはず。」

やがて720年、ついに日本書紀が完成する。大極殿の奥で、舎人親王や官人たちがその巻物を奉じ、元正天皇へと献上する場面が繰り広げられる。

  • 【元正天皇】
    「ようやく、この国の“正史”が形をとったか。神々の時代から歴代の天皇へとつながる尊き流れが、こうして書として示されたのだな。」
  • 【舎人親王】
    「はい。唐のように“編年体”を採用し、政治・外交の足跡を整理いたしました。神話と史実が交錯しておりますが、それもまたわが国の独自性と言えるでしょう。」

朝廷は、この日本書紀によって国家の正統性を広く内外に示す。民衆に対しても“日本”という国名と、その成り立ちが再確認されていく。記録を残すという行為が、政治だけでなく文化や国民意識にも大きな影響を及ぼすこととなる。


シーン4.“日本”という国の物語

【情景描写】
暖かな日差しに包まれた平城京の庭。風に揺れる若葉の向こうから、太鼓の音がかすかに響いてくる。何らかの儀式や祝宴が行われているのかもしれない。その縁側では、橘の雪盛が古事記・日本書紀の両方を手に取り、ゆっくりと読み比べている。その目には、自分たちの国が“神々の時代から連なる物語”を持ち、また“事実を編年体で整理した正史”も有したことへの感慨が浮かんでいる。

【会話】

  • 【橘の雪盛】
    「(独り言のように)神話は、昔から人々の心をつなぐ力がある。国をまとめるうえでも大切な要素だ。一方で事実を記録することも、国の知恵や経験を後世に残す意味で欠かせない……。」

そこへ藤原不比等が通りかかり、声をかける。

  • 【藤原不比等】
    「雪盛よ、熱心に読んでいるな。どうだ、その両方の書から何を感じる?」
  • 【橘の雪盛】
    「正史として体系立てた日本書紀、そして情緒あふれる古事記――どちらも、この国を深く理解するうえで欠かせない宝だと感じます。神話も史実も、それぞれがわが国の姿を映しているのだと……。」
  • 【藤原不比等】
    「そうだな。人々は神話に誇りを抱き、また歴史から学ぶ。朝廷が公に書を編纂した意味は大きい。これから先、この“日本”という国をどう育てるかが、我らの課題だろう。」

風に乗って聞こえてくる祝宴の音が、ささやかながらも新時代の到来を告げているかのように感じられた。こうして古事記と日本書紀が世に出て、奈良時代の政治と文化に深く根を下ろし、やがて後の時代にも大きな影響を及ぼすのである。


あとがき

本エピソードでは、奈良時代に国家事業として編纂された「古事記」と「日本書紀」に焦点を当て、“日本”という国のルーツを文字として記す営みを描きました。

古事記は神話や皇室の由来を主に物語調でまとめ、日本書紀は唐の史書を模範とした正史として編年体で整理。二つの書は、どちらも後世の文学や歴史学にとって不可欠な存在となります。

当時の朝廷は、国際的にも内政的にも、国家としての正統性を示す必要に迫られていました。そのため、神話と史実を織り交ぜ、日本独自の歴史観を提示することは非常に重要だったのです。

次のエピソードでは、こうした国家の成熟とともに花開いた天平文化や遣唐使などの国際交流に焦点を当てます。奈良時代ならではの豊かな文化が、どのように形成されていったのかをご期待ください。


用語集(歴史を学ぶうえで重要な用語の解説)

  1. 古事記(こじき)
    712年に完成したとされる日本最古の書物。稗田阿礼の口誦を太安万侶が筆録。神々の物語や皇室の系譜を中心に、物語調でまとめられている。
  2. 日本書紀(にほんしょき)
    720年に完成した正史(公式の歴史書)。舎人親王らが中心となって編纂。編年体の形式で神代から推古天皇以降の歴史が記され、唐の史書を手本とした。
  3. 舎人親王(とねりしんのう)
    天武天皇の皇子で、日本書紀編纂の中心人物。日本を唐に倣った国際水準の国家とすることを目指した。
  4. 稗田阿礼(ひえだの あれ)
    古事記編纂で、口伝(こうでん)された神話や伝承を正確に記憶して語ったとされる人物。
  5. 太安万侶(おおの やすまろ)
    稗田阿礼の語りを文字としてまとめ、古事記を完成させた。実務面を担った官人。
  6. 編年体(へんねんたい)
    歴史を年ごとに記録していく書き方。唐の正史や日本書紀が採用した形式。
  7. 神代(かみよ)
    神々が活躍し、国土を生み出したとされる時代。神話的要素が強く、多くの氏族の起源譚とも結びついている。

参考資料

  • 『古事記』・『日本書紀』現代語訳
  • 『日本書紀研究』(岩波書店)
  • 中学校社会科教科書(東京書籍・教育出版など)
  • 奈良文化財研究所 公開史料
  • 各種歴史ドキュメンタリー番組の映像資料

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