全体構成(シーン概要)
- シーン1:瀬戸内の潮騒と幼き日の夢
- 小豆島の豊かな自然の情景。
- 幼い源内が知識や未知の世界に憧れを抱く様子を描く。
- シーン2:父との対話と決意
- 源内が父から“武士としての生き方”を説かれる。
- 源内は学問への情熱をあらためて自覚し、江戸への道を意識し始める。
- シーン3:地元の本草学者との出会い
- 地元の本草学者が所有する珍しい蘭学書を発見。
- 源内は本格的に学びたい欲求を抑えきれなくなり、江戸行きを決断する。
- シーン4:出発の日
- 江戸へ旅立つ船上で、故郷を見つめる源内。
- 自由闊達な夢想と不安を胸に抱く姿を描き、次回へとつなげる。
登場人物紹介
- 平賀 源内(ひらが げんない)
本作の主人公。瀬戸内の小豆島に生まれ育った若者。好奇心旺盛で、あらゆることを学びたいと熱望している。 - 平賀 玄左衛門(ひらが げんざえもん)
源内の父。地元の小藩に仕える下級武士。実直な性格で、伝統や秩序を重んじる。 - 本草学者(名前は仮名:織田屋 久軒〈おだや きゅうけん〉)
薬草や動物の生態を研究する地元の学者。オランダ語の書物を少しだけ所持し、密かに研究している。 - 村の人々(農民・漁師など)
日常生活を送る人々。江戸の華やかな噂話に興味はあるが、現実は厳しく、遠い世界として見ている。
本編
シーン1.瀬戸内の潮騒と幼き日の夢
【情景描写】
瀬戸内海に浮かぶ小豆島。波打ち際に並んだ岩場をかすめるように、夕陽がゆっくり沈んでいく。潮の香りが満ち、遠くからは漁師の威勢のいい声が聞こえてくる。
春先とはいえ、海辺に吹く風はまだ肌寒い。若き平賀源内は浜辺に座り込み、小さな木片に何やら文字を彫りつけていた。薄オレンジに染まる空を見上げると、島の向こうに江戸への航路が広がっているようにも感じられる。
【会話】
- 【源内】
(海面に目をやりながら)「……やっぱり広いなあ。あの向こうには、どんな世界が待っているんだろう?」 - 【漁師の声(遠くから)】
「やい、源内! 日が落ちたぞ! 風邪などひくんじゃないぞ!」 - 【源内】
(木片を懐にしまい、立ち上がる)「はい、気をつけます。ありがとうございます!」
漁師の声は次第に遠のいていく。源内は自分の小さな背中を押すように吹く潮風を受け、ほんの少し胸を張った。
- 【源内(心の声)】
「この島にいるだけじゃ知ることのできない世界があるはずだ。江戸って、どんなところだろう? もっといろんなことを学んでみたい。それが、僕の夢なんだ……」
シーン2.父との対話と決意
【情景描写】
源内の家。質素だが清潔に整えられた居間。壁には古びた鎧と槍がかけられ、家柄を示す細やかな家紋が飾られている。小さな窓から差し込む夕方の日差しの中で、父・玄左衛門は畳に座り、何か考え込んでいるようだ。源内がそっと襖を開けると、玄左衛門はふと振り返った。
【会話】
- 【玄左衛門】
「源内か。入りなさい。……また浜辺でぼんやりしていたのか?」 - 【源内】
(少しうつむきながら)「はい。今日は漁師さんの船を見て、なんだか心が落ち着く気がして……」 - 【玄左衛門】
「おまえは昔から、家の中より外を歩き回っているほうが多かったな。……だが、そろそろ将来のことを真面目に考えねばならん。わたしら平賀家は小藩に仕える下級武士とはいえ、武家であることに変わりはない」 - 【源内】
「父上、それはよく承知しています。ただ、藩に仕えても、ぼくの性分では刀を振り回すより何か……もっと学問の道を深めたいのです。世の中のことを学んで、役に立ちたいというか……」 - 【玄左衛門】
(少しあきれつつ)「学問なぞ、どうする? 大名お抱えの藩医や学者にでもなるのか? 並大抵の努力でなれるものではあるまい。……いや、おまえの頭の良さはわしが一番よく知っている。小さい頃から、まるで水を吸うように書物を読んできたからな」 - 【源内】
(目を輝かせ)「だったら尚更、学ばせてください! 父上、江戸には多くの学者や本が集まっていると聞きます。ぼくはどうしても、もっと色々なことを学んで、この島や藩に貢献したいんです!」
玄左衛門は腕を組み、厳しい顔をしていたが、その奥には息子の意欲を誇りに思う気持ちも見える。
- 【玄左衛門】
(ゆっくりうなずきながら)「……分かった。そう簡単に行かせられるわけではないが、おまえの覚悟を見せてもらおう。それに、江戸へ行くには金も要るし、藩への許可も……。ただし、途中で投げ出すような半端なことは許さんぞ」 - 【源内】
「はい! ありがとうございます、父上!」
源内は深々と頭を下げる。玄左衛門もまた、わずかに微笑んでいた。
シーン3.地元の本草学者との出会い
【情景描写】
翌朝、島の北側にある小さな屋敷を源内が訪れる。そこは薬草を栽培する庭が広がり、各種の植物が風にそよいでいる。出迎えたのは、和服に身を包む中年の男・織田屋 久軒。本草学者として地元で評判の人物だ。
【会話】
- 【久軒】
(にこやかに)「平賀源内君か。よく来たね。お父上から話はうかがっているよ。いや、身分は下級武士とはいえ、どこか尋常ならざる才気を感じると……」 - 【源内】
「ご挨拶が遅れました。平賀源内と申します。本草学は少しだけ読んだことがありますが、まだまだ分からないことばかりで……」 - 【久軒】
「若いのに大したものだ。わたしもつい最近、長崎経由で珍しい書物を手に入れたんだ。オランダ語で書かれた植物誌でね。一緒に見てみるか?」
久軒は部屋に源内を通し、机の上に数冊の書物を並べる。そのうち一冊は漢文ではなく、見慣れないアルファベットがびっしりと詰まっていた。
- 【源内】
(ページをめくりながら目を輝かせ)「これが……噂の蘭学書。字は全然読めませんが、挿し絵がたくさん載っていて、見るだけでも楽しいですね! 植物の根や茎、花の断面が細かく描かれていて……」 - 【久軒】
「そうなんだ。彼らの学問は、観察と実験を重んじると聞く。日本で言えば、本草学や漢方の研究と根っこは同じだが、ずいぶん体系が違うらしい。君のように知りたがりの性格なら、一度は長崎か江戸で学んだほうがいいだろうね」 - 【源内】
「ぼくは……必ず江戸に行ってみます! この本を少しでも読めるようになりたい。そして、もっと世の中に貢献できる知識を身に付けたい!」
久軒は頼もしそうに笑い、源内の頭を軽く叩いた。
- 【久軒】
「貢献、か。若いのにたいした心がけだ。たしかに、これからの時代、日本にも新しい風が必要だと思うよ。君の熱意があれば、きっと道は開けるだろう」
シーン4.出発の日
【情景描写】
数日後の朝。港には小舟が数隻、沖へと漕ぎ出す準備をしている。源内の荷物は極めて質素なものだが、その表情には期待と緊張が入り混じった様子がうかがえる。父・玄左衛門は少し離れた場所で腕を組んで立っている。久軒をはじめとする村の人々も、港まで源内を見送りに来ていた。
【会話】
- 【久軒】
「源内、行きの船賃は足りそうか?」 - 【源内】
(苦笑しながら)「はい、父上が工面してくれました。お金は十分ではないですが、江戸に着いてから頑張って稼ぎます。勉強しながらでも、何とかやっていきます!」 - 【玄左衛門】
(源内の姿を見据えながら)「余計な浪費はするな。人との縁を大事にしろ。……おまえの信じる道を行くがいい。ただし、わしらの家名を汚すことはするでないぞ」 - 【源内】
「ご心配なく。父上の名を背負うのなら、ぼくは精一杯努力してみせます! ありがとうございます!」
港には潮風が吹きつけ、帆がゆっくりと大きく膨らんでいく。乗船を促す船頭が、手招きをして源内を呼んだ。
- 【源内(心の声)
「いよいよだ。あの向こうに、いまだ見ぬ世界が待っている。知りたいことが、こんなにもある。藩のため、父のため、そして自分のためにも……」
源内は振り返って、父や村の人々に深々と頭を下げる。久軒は微笑みながら手を振り、漁師たちが「いってらっしゃい!」と声をかける。船が岸を離れ、波をかきわけていくと、瀬戸内海の静かな海面に白い航跡が描かれた。源内の胸は期待と不安で一杯だが、その瞳には新しい光が宿っていた。
あとがき
この「エピソード1」では、平賀源内がどのような環境の中で育ち、どのようにして学問への興味と江戸行きを決意したかを描きました。小豆島の自然と、彼を取り巻く家族や地元の人々の思いが、若き源内の将来に大きく影響を与えたことが想像されます。
江戸時代中期、社会はまだまだ身分制や慣習に縛られていましたが、それでも個人の情熱や努力が未来への扉を開く可能性はありました。次のエピソードでは、いよいよ江戸の大都市で彼が見聞を広げ、さまざまな人や学問、発明と出会う物語が展開されます。どうぞお楽しみに。
用語集(歴史を学ぶうえで重要な用語の解説)
- 本草学(ほんぞうがく)
植物や鉱物、動物などの性質や薬効を研究する学問。江戸時代には医薬に関連して重要視された。 - 蘭学(らんがく)
江戸時代の日本で、オランダ語を中心として西洋の学問や技術を学ぶこと。「蘭書(らんしょ)」と呼ばれる西洋書物を翻訳し、医学・天文学などを取り入れた。 - 下級武士
江戸時代の武士は上級・中級・下級などの階層に分かれており、禄高(給料の米の石高)が少ない武士は生活が厳しかった。 - 瀬戸内海(せとないかい)
本州・四国・九州に囲まれた内海。多くの島々が浮かび、古くから海運が盛んであった。
参考資料
- 『平賀源内 年譜』山口剛著(中央公論社)
- 中学社会科教科書(日本史:江戸時代の項目)
- 郷土史関連資料(小豆島の歴史、平賀源内に関する記述)
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