全体構成(シーン概要)
- シーン1:江戸の大都市への第一歩
- 初めて大都市・江戸の町並みに触れ、その活気に圧倒される源内。
- 書物を求めて書店街(書肆〈しょし〉)を訪れ、蘭学書との出会いに胸を躍らせる。
- シーン2:蘭学塾での学びと苦闘
- 源内が蘭学塾へ通い、西洋語の壁に挑む。
- 同時に、解剖学や医学など当時の先進的知識に衝撃を受け、さらに学びへの意欲を燃やす。
- シーン3:長崎への誘いとエレキテルとの出会い
- 長崎で得られる貴重な情報や器具の噂を聞き、資金不足に悩む源内。
- ある商人の蔵に保管されていた壊れかけのエレキテルに出会い、修理を試みる。
- シーン4:初めての実験と広がる評判
- 源内が復元したエレキテルを用いて町人や武士の前で実演。
- 新奇な科学現象に驚く人々と、「エレキテル先生」という新たな呼び名が生まれるシーンで幕を閉じる。
登場人物紹介
- 平賀 源内(ひらが げんない)
本作の主人公。瀬戸内の小豆島を出て、江戸で学問を究めようと懸命に努力する青年。発明・探究心旺盛で、物怖じしない性格。 - 長谷川(はせがわ)
江戸で蘭学塾を営む学者。穏やかな人柄で、学問に興味を持つ若者を歓迎する。 - 榊原 太平(さかきばら たいへい)
源内の同窓生。武士の家系だが、蘭学を志して入門している。理屈に強く、源内の良きライバル的存在。 - 本多屋 仁兵衛(ほんだや にへい)
江戸で商売をしている町人。海外からの珍品や書物に興味を持ち、自宅蔵に珍しい道具を収集している。 - 周囲の町人・武士たち
西洋の新奇な学問に興味はあるが半信半疑。源内を“奇妙な若者”と見る者もいる。
本編
シーン1.江戸の大都市への第一歩
【情景描写】
江戸の外れにある舟着き場。薄明かりの朝日に照らされて、平賀源内はようやく船旅を終え、広大な街並みを目にする。港には多くの商人が行き交い、荷を下ろす掛け声、馬のひづめの音、あちこちから聞こえるざわめき——何もかもが島育ちの源内には新鮮だった。
街道にはすでに人波ができており、衣服や話しぶりも多種多様。大名行列に遭遇すれば脇へよけねばならず、町人たちは慌ただしく露店を開く準備をしている。源内は風呂敷包み一つを背負いながら、活気に圧倒される思いだ。
【会話】
- 【源内】
(街を見渡しながら)「これが……江戸。なんて広いんだ。あの向こうにも屋敷や家が幾重にも続いている。どこから回ればいいんだろう……」 - 【通りすがりの町人】
「お兄さん、初めてかい? 見りゃ分かるよ、きょろきょろして迷子にならないようにね!」 - 【源内】
(少し照れながら)「はい、ありがとうございます。まずは書物を扱う店が多いって聞いた、“書肆”というところに行きたいんです。場所は……」 - 【通りすがりの町人】
「ふむ、じゃあ神田のあたりを目指すといい。でっかい本屋が軒を連ねてるから、すぐ分かるよ!」
源内は礼を述べ、勢いに任せて歩き出す。複雑に入り組んだ路地を何度も尋ねながら、ようやく神田の書肆街にたどり着いた。軒先には漢籍や和本が山積みにされ、客寄せの声が飛び交っている。ここで、源内はさらなる刺激を受けることになる。
シーン2.蘭学塾での学びと苦闘
【情景描写】
書肆の一角に、目立たない看板がかかっている。そこに書かれたのは「蘭学指南」と小さく墨で書かれた文字。町人風の男が奥の座敷を覗き込み、何やら授業らしきものが行われている様子。中では長谷川という蘭学者が、オランダ語の文字を筆で書き示している。
源内は思い切って戸を開け、中の様子を目を凝らして見つめる。そこには数人の若者が熱心に学んでいた。
【会話】
- 【長谷川】
「おや、見ない顔だね。見学かい?」 - 【源内】
(深く頭を下げ)「はい。わたしは瀬戸内から参りました平賀源内と申します。ぜひ蘭学を学びたいのですが……」 - 【長谷川】
「そうか、瀬戸内からわざわざ。構わないよ、席にどうぞ。早速今日のところはアルファベットと簡単な単語の読み方を習得するところから始めよう」 - 【榊原 太平】
(源内の隣に座り、声をひそめて)「武士っぽいが、何で蘭学なんかやるんだ? まあ、ここで学ぶからには一筋縄じゃいかないぞ。オランダ語なんてサッパリだからな」 - 【源内】
(苦笑しつつも目は輝いている)「元々、本草学などを通じて西洋の学問に興味があって……。何としてでも覚えたいんです。ご指南、よろしくお願いします」
長谷川はオランダ語の基礎文字を黒板のような板に書き、口の動きを交えながら説明する。カタカナでは表現しづらい発音の連続に、初めて触れる者たちは四苦八苦する。
- 【長谷川】
「いいかな? これは“v”と書いて“フェー”のように発音する。わざと唇をかすれさせるような感じだ。まさに初学者泣かせだな」 - 【源内】
「フェ、フェー……。確かに難しい。でも面白いですね。言葉が違うと、頭の使い方も変わるようで……」 - 【榊原 太平】
(小声で)「おまえ、ほんとにすごいな。最初っからそんなに興味津々とは。俺なんか、父に言われて嫌々来てるんだよ」 - 【源内】
「いや、ぼくは本当に知りたいことだらけなんです。医学や科学の本も読みたいし、機会があれば長崎にも行きたい。出島に行けばもっと専門的な書物もあるって聞いたんです」
そう語る源内の目には、熱がこもっていた。まだ江戸に着いて間もないが、すでに西洋の学問にのめりこむ予感がある。
シーン3.長崎への誘いとエレキテルとの出会い
【情景描写】
夕暮れの蘭学塾。授業が終わり、塾生たちが三々五々帰っていく。榊原やほかの塾生と別れた後、源内は荷物を抱えて宿へ向かおうとするが、ふと道端で話しかけられる。
【会話】
- 【本多屋 仁兵衛】
「そこの若旦那。蘭学塾に通っているのかい? あたしは本多屋という者だが、ちと聞きたいことがあってね」 - 【源内】
(警戒しつつも礼儀正しく)「はい、平賀源内と申します。何かご用でしょうか?」 - 【本多屋 仁兵衛】
「いやあ、わたし、海外からの品を色々と集めるのが趣味でね。珍しい器具を長崎経由で手に入れたんだが、どうにも使い方が分からなくて困っているんだ。もし蘭学に詳しいなら、ちょっと見てくれないか?」
源内は好奇心を刺激され、仁兵衛の家に向かうことを承諾する。そこは江戸の町屋にしては広めの屋敷で、奥の蔵には不思議な道具や書物が雑然と置かれていた。
- 【源内】
(周囲を見回しながら)「す、すごい。どれも見たことがない器具ばかり……。これは天球儀ですか? これは……ガラス玉のようにも見えますが……」 - 【本多屋 仁兵衛】
「これが問題の“エレキテル”ってやつらしい。どうやら電気を起こす道具なんだと、長崎の通詞(通訳)から聞いたが、組み立て方もよく分からないし、触っても何も起きんのだよ」
そこにあったのは、木製の台座と歯車、ガラス製の筒や棒などがバラバラになった状態の装置だった。説明書らしきオランダ語の文書が付属しているが、仁兵衛はお手上げ状態。源内は興味深そうに、一つずつ部品を手に取る。
- 【源内】
(熱心に観察しながら)「これが……エレキテル。聞いたことはありますが、実物を見たのは初めてです。歯車を回すことでガラス板と布がこすれて静電気が生まれるとか……。もしよろしければ、少し預からせていただけませんか? 蘭学塾の仲間と相談して修理できるかもしれません」 - 【本多屋 仁兵衛】
(目を見開いて)「おお、本当かい? 誰も手を付けられない物だったんだ。ぜひ頼む。うまく動いたら、わたしが資金的にも応援しようじゃないか」
源内はエレキテルのパーツと説明書を、慎重に荷袋へ詰め込む。期待に胸をふくらませながら、これを何とか修理・再現してみようと心に誓うのだった。
シーン4.初めての実験と広がる評判
【情景描写】
それから数日後。蘭学塾の片隅に持ち込んだエレキテルの部品が、ほぼ完成形となってきた。榊原など塾仲間の協力もあり、オランダ語の説明書を苦心して読み解きながら組み立てを進める。歯車を回すハンドルを回すと、ガラスが布とこすれる微かな音が響き、やがて火花が生じ始めた——薄暗い室内に、青白い閃光がはじける。
【会話】
- 【榊原 太平】
(驚きつつ、緊張の面持ちで)「お、おい、今光らなかったか!? やっぱり“電気”ってやつがあるんだ……!」 - 【源内】
「すごい……まさに雷のような力が、小さな装置の中に宿るなんて。長崎の医学書に“電気は体にも作用する”と書いてあったけれど、本当だったんだ!」 - 【長谷川】
(満足そうにうなずき)「見事なものだ。まさかこんな短期間で修復してしまうとは。平賀、君は好奇心だけじゃない実行力があるな」
火花におびえながらも、塾生たちは手を叩いて歓声を上げる。噂は瞬く間に広まり、本多屋 仁兵衛の計らいで、商人や町人、さらには好奇心旺盛な武士たちが集まる実演会が開かれることに。
【情景描写】
場所は本多屋の座敷。多数の見物人が部屋の壁際までぎっしりと並び、源内の前にはエレキテルが鎮座している。歯車を回すたびに、薄暗い室内にピリリという放電の音が響き、パチパチと火花が散る。驚きと歓声の中、源内は活気づいた声で解説を始める。
【会話】
- 【源内】
「これは摩擦によって起きる“電気”という現象です。西洋の学問では、これを利用して治療や実験を行うことがあるそうです。もしも将来、この力をもっと上手に使えたら……照明を作ることも夢ではないかもしれません!」 - 【町人たち】
「へえ〜! こんなの初めて見た!」
「体に悪くないのかね? でもなんだか面白い」 - 【武士の一人】
「いやはや、世の中には不思議なことがあるものだ。こんな若者がいるとは、まるで魔術のようだな」 - 【本多屋 仁兵衛】
(ニコニコしながら)「見たか! これが噂の西洋の力だ。おまえら、平賀先生を“エレキテル先生”って呼びなよ。そっちのほうが話題になる!」 - 【源内】
(照れ笑いしつつ)「先生だなんて、とんでもありません。まだまだ勉強中の身です。けれど、この装置を通じて江戸中の人たちが西洋の学問や理科への興味を持ってくれたら……こんなに嬉しいことはありません」
こうして“エレキテル先生”の名は、江戸の一部の好奇心旺盛な人々の間で広まり始める。資金難や身分制度という壁はあるものの、源内の探究心は確かな爪痕を残そうとしていた——。
あとがき
本エピソード2では、平賀源内が江戸に到着し、蘭学と出会い、初めての発明品としてエレキテルを修復・実演する物語を描きました。歴史的に見ても、当時の日本は“鎖国”状態ながらも長崎を通じて海外の知識を取り入れようとしており、源内のように旺盛な好奇心と行動力を備えた人物が、新しい学問や技術の普及に大きく貢献したのです。
彼の姿から「先入観にとらわれず、未知のものに挑戦する力」「学問を通じて社会を少しでも良くしていこうという姿勢」の重要さを感じ取っていただければ幸いです。次回のエピソードでは、源内がさらに大きな発明や活動を通じて多方面で活躍する一方、時代の壁や資金難・人間関係に苦しむ姿にも焦点を当てていきます。
用語集(歴史を学ぶうえで重要な用語の解説)
- 蘭学塾(らんがくじゅく)
江戸時代において、オランダ語や西洋医学・天文学などを教える私塾。幕府の公認ではないため、場所も規模もさまざまだった。 - 通詞(つうじ)
長崎の出島でオランダ人との取引や会話を行う際に通訳を務めた人々。オランダ語の読み書き・会話に通じており、当時の貴重な知識源となった。 - エレキテル
静電気発生装置。摩擦で電気を帯びさせて火花を起こすことができる。江戸時代には非常に珍しいもので、西洋の先進的科学の象徴でもあった。 - 書肆(しょし)
本屋のこと。江戸の神田や日本橋などには多くの書肆が集まり、漢籍や和書、蘭学書などさまざまな書物を扱っていた。
参考資料
- 『蘭学事始』杉田玄白著
- 『平賀源内とその時代』関連論文・自治体刊行物
- 中学社会科教科書(江戸時代の文化・学問・科学技術の項目)
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