全体構成案(シーン概要)
- シーン1「白河上皇、誕生」
- 藤原氏の摂関政治が続く中、若くして譲位(じょうい)した白河天皇が「上皇(太上天皇)」として政治を動かす決意を固める。
- 藤原家の力が依然強い宮廷内で、上皇としてどのように権力を握るか、その構想を描く。
- シーン2「院庁と院近臣」
- 白河上皇が「院庁(いんちょう)」を設置し、院近臣(いんきんしん)たちを登用。
- 従来の摂関家を中心とした貴族や朝廷組織と、上皇直属の政治組織とのあいだで起こる火花を描く。
- シーン3「駆け引きと権力闘争」
- 白河上皇が実権を握る過程で、藤原家との協調・対立を繰り返す。
- 北面の武士(ほくめんのぶし)の導入など、武士勢力の活用にも触れ、後の武士台頭につながる布石を示唆。
- シーン4「新たなる統治の形――そして院政へ」
- 院政という新しい政治形態が確立していき、鳥羽・後白河など、次の上皇たちに受け継がれる予感を示して幕を閉じる。
登場人物紹介
- 白河上皇(しらかわじょうこう)
11世紀後半の天皇。若くして譲位し、“院政”という形で事実上の政治実権を握った。 - 藤原師通(ふじわら の もろみち)【史実人物】、藤原家成(ふじわら の いえなり)【架空人物】
摂関家(藤原氏)に属する貴族たち。いずれも院政導入に対して微妙な感情を抱えている。 - 院近臣(いんきんしん)【複数の架空人物】
白河上皇のそば近くに仕え、上皇とともに政治を動かす新興貴族層。 - 北面の武士(ほくめんのぶし)【複数の架空人物】
白河上皇が設置した上皇直属の武士集団。京都を警護し、上皇の権力を支える。 - 藤原小倉(ふじわら の おぐら)【架空人物】
(前回Ep1〜Ep4から継続登場)もとは宮廷に仕える官人。院政が始まるタイミングで、上皇の院庁側の事務を担う役目を果たす。 - 藤原賢子(ふじわら の けんし)【架空人物】
小倉の親戚筋にあたる女房。最近は白河院の御所に出入りする機会が増え、院政の内幕に触れていく。
本編
シーン1「白河上皇、誕生」
【情景描写】
時は11世紀後半、摂関政治がなおも続く平安の世。夜明け前の内裏(だいり)はひっそりと静まり返っている。そこに、一人の天皇が膝をついて頭を垂れる姿があった。若き白河天皇である。すでに退位する意思を固めており、この夜をもって新たな道を歩もうとしていた。
寝殿の周囲には薄明かりの行灯(あんどん)が数本だけ。威厳あるはずの天皇の姿は、どこか決意と緊張が混じり合った表情を浮かべている。
【会話】
- 【白河天皇】
「……わたしは今宵をもって天皇の座を譲り、上皇として身を退(しりぞ)かせてもらう。まだ世間では“なぜ若くして退位を”と疑問の声も多いだろうが……。」 - 【藤原小倉】
(そっと控えの間から現れ、深く一礼し)
「しかし、天皇様はご決意を変えられないのでしょうか。藤原摂関家はもちろん、朝廷の多くの者が戸惑っております。摂関家からは“上皇となるのは構いませんが、政治への口出しはなさいませぬように”などと遠回しに釘を刺す声も……。」 - 【白河天皇】
(目を閉じ、ゆっくりと首を振る)
「彼らが何と言おうと、わたしには考えがある。天皇という表の座を退くことで、むしろ自由に政治ができる。これまでの摂関政治を変えねば、いずれ国が乱れる……。」 - 【藤原小倉】
「……“院政”というお考えですね。上皇として院庁を開き、自ら政治を動かす。ですが、前例はほとんどありません。周囲の反発も……。」 - 【白河天皇】
「上皇が実権を握ることに反対する者など、“わたし”が実力で押さえ込む。小倉、力を貸してくれ。藤原氏の時代を乗り越え、新しい政治の形を示すのだ。」
(夜明けの一番鳥が鳴き、遠くの空が薄明るくなる。白河天皇の退位が決定し、やがて“白河上皇”が誕生する瞬間が近づいていた――)
シーン2「院庁と院近臣」
【情景描写】
譲位の儀式が終わり、すでに「白河上皇」としての生活が始まった白河院(しらかわいん)の御所。従来の内裏とは別の場所にあり、そこを新たな政治の拠点と定めた。上皇の周りには、院近臣と呼ばれる側近グループが集まり、従来の摂関家に頼らない政治を目指している。一方、藤原氏の貴族たちは疑心暗鬼の目を向けていた。
【会話】
- 【白河上皇】
(院庁で賢子や小倉、院近臣たちに向かって)
「ここが、わたしの“院庁”だ。天皇の宮廷ではなく、上皇が自由に政務を行うための場所。そなたたちには、院近臣としての役割を担ってもらう。」 - 【院近臣A】
(一礼しつつ)
「はい、上皇様。貴族の序列を越え、実力のある者を集めるとお聞きしました。わたしどもも微力ながら、お支えしたく存じます。」 - 【藤原賢子】
(少し興奮気味に)
「なんだか新鮮ですね。ずっと摂関政治が続いていたのが当たり前でしたから……。でも、藤原家の一部では、この動きに快く思わぬ方々もおられるとか……。」 - 【白河上皇】
「もちろんだ。だが、藤原氏ばかりに頼っていては、朝廷は停滞するばかり。これからは上皇が主体となって、寺社勢力や武士も巻き込みながら、新しい統治の形を作るのだ。」 - 【藤原小倉】
(院庁の帳簿を手にしながら)
「上皇様、早速の命令書への押印が必要です。寺社への寄進(きしん)や荘園(しょうえん)の管理など、今後は院庁で直接扱うということですね?」 - 【白河上皇】
「うむ。藤原氏を経由せず、わたし自身が管理する。それが院政の第一歩。皆、手際よく進めてくれ。」
(新たに設けられた院庁での政務は、従来の朝廷組織とは一線を画す。これが後の院政期における政治スタイルの特徴となり、上皇の存在が一気に強まるきっかけとなる――)
シーン3「駆け引きと権力闘争」
【情景描写】
日が沈む夕刻の平安京。赤く染まる空の下、藤原氏の館では晩餐に集う摂関家の面々が沈鬱な表情をしている。彼らの耳には、院庁の動きが逐一伝わってきていた。藤原家成は師通に囁き、なんとか上皇への影響力を保持しようと画策しているが、白河上皇は簡単にコントロールされる相手ではない。
【会話】
- 【藤原師通(史実)】
(焦燥を隠せない様子で)
「上皇がここまで積極的に政治を行うとは……。朝議(ちょうぎ)にも口を挟むどころか、じきじきに政策を決めてしまう。今のままでは摂政・関白の威光が薄れてしまうではないか。」 - 【藤原家成(架空)】
「師通様、動揺なさらぬよう。わたしたちが培ってきた貴族社会での結束は、そう簡単に崩れません。上皇ともうまく協調する道を探りましょう。表向きは賛意を示しつつ、院近臣に藤原氏の者を送り込むなど……。」 - 【藤原師通】
(ため息をつき)
「しかし、白河上皇は北面の武士なるものまで導入している。皇居を警護する兵ではなく、上皇直属の武士たちだ。もしわれらが院政に歯向かえば、武力でも押さえ込まれかねん。どうにか融和策を……。」
(場面転換――夜、白河院の御所の回廊。)
- 【藤原小倉】
(北面の武士たちが警備する脇を通り、上皇のもとへ向かう)
「北面の武士たちがこれほど多いとは……。上皇様はよほど警戒しているのだろうか。もはや表向きの権力は天皇や摂関家にあるとはいえ、実際に力を使えるのは上皇だけ……。」 - 【北面の武士A(架空)】
(小倉に目礼して)
「小倉様、ご苦労です。院の警備は我らにお任せを。いざというときには、藤原氏であろうと容赦はしません。」 - 【藤原小倉】
「そうか……。白河上皇は武力を背景にしてでも思いどおりの政治を行うおつもりか。摂関家との権力闘争……これから激しくなりそうだ。」
(白河上皇は多方面の手段を駆使して政治の実権を確立し、これまでの摂関政治を脇に追いやろうとしていた――)
シーン4「新たなる統治の形――そして院政へ」
【情景描写】
暦の上では晩秋。広々とした院の庭に散る紅葉が、夕日に照らされて黄金色に輝く。白河上皇は池のほとりで静かに佇(たたず)み、手元の文書に目を通している。
その文書には、鳥羽天皇や崇徳天皇(すとくてんのう)の件、さらには法皇や院政がどのように受け継がれていくか、といった継承の話が示されている。上皇の意志は確かに次世代の上皇へと繋がっていくだろう。
【会話】
- 【白河上皇】
(そっと文書を置き、空を見上げる)
「政治はわたしの手で動く。それを理解させたこと自体、今日までの苦労の賜物(たまもの)だ。藤原摂関家も、そう簡単にはわたしに歯向かえない。……あとは、次なる世代にこの院政をどう渡していくか、だな。」 - 【藤原小倉】
(そばに控えながら、静かに口を開く)
「上皇様、院政という形は前例のない試みでしたが、貴族や寺社、武士をも巻き込みながら政権を運営するスタイルは確かに定着しつつあります。鳥羽天皇が譲位すれば、また上皇として政治を動かす……。この流れは続いていくのでしょうね。」 - 【白河上皇】
「人の世がどう変わろうと、天皇が幼い時期や、あるいは天皇としての責務を退いた後でも、皇統を支える手段として院政は有効だ。これが新たな時代を拓(ひら)くのだよ。」 - 【藤原小倉】
(感慨深げに)
「摂関政治の時代から院政の時代へ……。平安の王朝は、また大きく舵を切ったということですね。」
(夕闇が訪れ始め、紅葉の色が深い陰影を帯びる。白河上皇が見つめる先には、この先の鳥羽上皇、後白河上皇へと続く“院政”の新たな歴史が広がっている――)
あとがき
本エピソードでは、白河上皇による院政の始まりを描きました。
- 従来は天皇が政治を行い、幼少の天皇を支えるために摂政や関白といった藤原氏が中心に立つ「摂関政治」が続いていましたが、白河天皇は若くして譲位し「上皇」となることで、逆に自由な政治運営を可能にしました。
- こうして誕生した「院庁」や「院近臣」といった独自の組織を拠点に、上皇が直接政治を動かす手法が“院政”です。摂関家の力を牽制するために「北面の武士」を設置し、朝廷における武士の存在感を高めた点は、後の武家政権に繋がる伏線にもなります。
- 白河上皇の後を受けた鳥羽上皇や後白河上皇も同様に院政を行い、平安時代後期の政治・社会は大きく変化していきます。この院政期の動きが、さらに武士の台頭や源平合戦へと繋がっていくのです。
摂関政治から院政への転換は、平安時代の中でも大きな転機です。次回以降では、ますます武士勢力が重要な役割を担い始める中、平氏や源氏の動向が歴史を動かしていく流れが描かれていくことでしょう。どうぞお楽しみに。
用語集(歴史を学ぶうえで重要な用語の解説)
- 院政(いんせい)
上皇(もしくは法皇)が、天皇の代わりに政治を主導する形態。白河上皇が本格的に始めたことで知られる。院庁や院近臣など新たな政治機関・人材を用いる。 - 上皇(じょうこう)/太上天皇(だいじょうてんのう)
譲位した後も生存中の前天皇の尊称。皇位を退いても強い影響力を残し、政治に関与することがあった。 - 北面の武士(ほくめんのぶし)
白河上皇が院御所の警護・軍事力として設置した武士集団。朝廷における武士の活躍が顕在化する一つの契機となった。 - 摂関政治(せっかんせいじ)
藤原氏が天皇の外戚(がいせき)として、摂政・関白の地位に就き、天皇を補佐(事実上は主導)する形で行った政治体制。 - 院庁(いんちょう)
上皇の私的な政務所。摂関家を通さず、上皇が直接政治を執り行うための機関。ここで院宣(いんぜん)や院庁下文(いんちょうくだしぶみ)などの文書が発給された。
参考資料
- 中学校社会科教科書(日本史・平安時代後期の項目)
- 『院政期の政治と社会』研究書
- 『日本紀略』『百錬抄』などの院政期関連史料
- 『白河法皇―院政のはじまり』各種解説書
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