全体構成案(シーン概要)
- シーン1:不穏な空気
- バブル経済がピークを迎えた直後の状況
- 新聞・テレビで囁かれ始める「株価の暴落」や「地価下落」の兆候
- シーン2:家庭と学校での動揺
- 守谷家に訪れる経済的不安
- 学校でも「就職難」や「リストラ」の噂が話題になる
- シーン3:失われた10年の幕開け
- 企業倒産や不況のニュースが増え、家族や友人にも影響が及ぶ
- 一方で周囲の人々が新しい生き方を模索し始める
- エピローグ:希望の種
- 不況の中でも、次の時代に向けて努力する人々の姿
- 主人公の将来への不安と、それでもどこかにある期待感
登場人物紹介
- 守谷 聡(もりや さとし)
中学3年生の主人公。前回(エピソード1)から引き続き登場。平成という新時代を迎え、社会の動きを気にしながら日々を送っている。 - 守谷 誠(もりや まこと)
聡の父。中小企業の営業職。バブル経済期には好景気の恩恵を受けていたが、最近の株価下落や取引先の倒産などで不安を感じ始めている。 - 守谷 雪乃(もりや ゆきの)
聡の母。バブル期には海外旅行やブランド品の購入に憧れたが、先行きが不透明になるにつれ家計のやりくりに頭を抱えるようになってきた。 - 山科 莉央(やましな りお)
聡の同級生。新聞部に所属し、社会や政治経済のニュースに関心が高い。バブル崩壊の兆しに早くから気づき、問題提起をする。 - 加藤 慶太(かとう けいた)
聡のクラスメイト。家が不動産関連の仕事を営んでおり、バブル絶頂期には「うちは景気がいい」と誇っていたが、最近は急に暗い顔を見せることが多い。 - 川辺 教諭(かわべ きょうゆ)
社会科の教師。前回に引き続き登場。バブル期の浮かれた雰囲気に警鐘を鳴らしつつ、生徒たちに歴史や経済の動きを冷静に見る視点を伝え続ける。
本編
シーン1.不穏な空気
【情景描写】
1990年代初頭。まだ寒さが残る春先、守谷家のリビングには早朝のニュースが流れている。テレビ画面に映し出されるのは、下落する株価のグラフと「地価の暴落」という文字。かつては連日明るい経済ニュースが目立っていたが、今では悲観的な報道が増えている。
ダイニングテーブルには、新聞各紙が広げられており、一面には「不動産価格下落」「株価暴落」「バブル崩壊」の見出しが躍る。朝食の味噌汁の湯気が立ち上る中、聡はまだはっきりと理解しきれない不穏な空気を肌で感じ取っていた。
【会話】
- 【守谷 雪乃】
「ねえ、あなた。ここのところ、ずっとこんなニュースばっかりだけど……会社の方は本当に大丈夫なの?」 - 【守谷 誠】
(少し表情を曇らせながら)「正直、取引先の動きが読めないんだ。銀行も融資に慎重になってきたし、前みたいな派手な話はピタッと止まっちゃったよ。うちみたいな中小企業は特に影響が大きいって、社長が頭抱えてる」 - 【守谷 聡】
「そっか……。でも、一時の派手な景気がずっと続くわけじゃないんだよね。社会科の川辺先生も、“経済には必ず波がある”って言ってたし……」 - 【守谷 誠】
「そうかもしれないな。だけど、こんな急に落ち込むとは思わなかった。まあ、父さんは営業だから、売り上げを伸ばせるように頑張るだけさ」
守谷家の朝は、不安と希望が入り混じった空気が漂っていた。食器の片づけをしながらも、雪乃は深いため息をつく。聡は登校の支度をしつつ、「世の中が変わっていく」予感に胸をざわつかせていた。
シーン2.家庭と学校での動揺
【情景描写】
昼休みの学校。中学3年生の聡たちは、進路や受験の話であわただしい日々を送っている。一方で社会科の授業では、連日報道される経済ニュースが話題に上り、教室の空気は複雑だ。
廊下を歩くと、ちらほらと「うちの親がリストラされたらしい」「あそこの会社、倒産したって」といった生々しい噂話が耳に入る。バブルがはじけた影響は、少しずつ生活のあちこちに波及しはじめていた。
【会話】
- 【山科 莉央】
(新聞部の資料を抱えながら)「聡、見てこれ。朝刊に大きく“バブル崩壊”って書いてある。昨日も銀行が不良債権を抱えてるってニュースやってたし、本当に大変みたいよ」 - 【守谷 聡】
「不良債権……? 借金が返せなくなるってやつだっけ? 前は何でも融資してくれるって言ってた銀行が、今はそんな状況なんだな……」 - 【山科 莉央】
「そう。貸したお金を回収できないと、銀行も困るわけ。昨日、川辺先生が“バブル期には借りやすかったお金が、一気に返せなくなって連鎖的に倒産が増えるんだ”って解説してたの。まだ中学生の私たちでも影響を感じるなんて、時代の変化ってすごいね」 - 【加藤 慶太】
(肩を落としながら)「実はうちの親父が、最近になって急に元気がなくなってさ……。不動産の仕事、かなり厳しいみたいだよ。“土地が値上がりし続ける”って誰もが信じてたのに、こうも急に下がるなんて……」 - 【守谷 聡】
「そっか、慶太んち不動産屋だったよね。大丈夫?」 - 【加藤 慶太】
「正直わかんない。でも、とりあえず僕はちゃんと勉強して受験に受かって、家のことはあんまり気にしないようにしてる。親父が“お前は気にせず学校に集中してろ”って言うからさ……」
校内放送が流れ、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。生徒たちは次の授業へ散っていくが、不安が完全に消えることはない。社会が大きく揺れ動く中、彼らはそれぞれの場所で現実に向き合っていた。
シーン3.失われた10年の幕開け
【情景描写】
夜の守谷家。リビングの照明はやや暗く、誠はスーツ姿のままソファに沈んでいた。テレビのニュースでは連日、企業倒産や株価暴落の速報が流れ、コメンテーターが「これから長期不況に入る」という深刻な表情で分析をしている。
雪乃は夕食の片づけを終え、聡も宿題を切り上げてリビングにやってくる。リビングのテーブルには、誠が持ち帰った会社の資料や取引先のパンフレットが無造作に積まれていた。
【会話】
- 【守谷 雪乃】
「おかえりなさい。……今日は遅かったのね。夕飯は食べた?」 - 【守谷 誠】
「ああ……。取引先に頭を下げて回ってたら遅くなっちゃったよ。なんとか契約を継続してもらえるように必死で……でも、先方も余裕がないんだって。今後どうなるかわからないって言われたよ」 - 【守谷 聡】
「父さん……大丈夫? 会社で何かあったの?」 - 【守谷 誠】
「まだ大丈夫、って言いたいところだけど……正直、いつどうなるかわからない。上司も“リストラがないとは言えない”って言うし。だけど、ここでくじけちゃいけないよな。家のローンもあるし……」
誠の声には疲労感がにじみ出ていた。雪乃は心配そうにうつむくが、何も言えずに静かに頷く。聡もその場で立ち尽くすしかない。
- 【守谷 雪乃】
「あなたが一生懸命頑張ってくれてるのはわかってるわ。もしものときは……私もパートを探して、家計を支えるから」 - 【守谷 聡】
「僕もできることがあれば手伝うよ。新聞配達とかアルバイトは……まだ中学生じゃ難しいか。早く高校生になってバイトできるようになったらいいんだけど」
この夜は、家族三人が顔を合わせながらも言葉少なに過ごした。テレビのコメンテーターが「これからは“失われた10年”と言われる長期不況になるだろう」とコメントするのを、彼らは黙って見つめる。
エピローグ:希望の種
暗い経済ニュースが続く中でも、新年度はやってくる。聡は中学3年生から高校受験へ、そして新しい生活へと前向きに準備を進めていた。学校では「就職氷河期」という言葉も飛び交い、将来を悲観する声が増えている。
しかし、川辺教諭は授業の最後にこう言った。
「歴史を学ぶと、どんな時代にも必ず転機やチャンスがあります。大変な時代だからこそ、新しいアイデアや価値観が生まれるのです。皆さんも一人ひとりが歴史の当事者なのだと、忘れないでください」
放課後、山科は新聞部の活動に精を出し、加藤は家族の不安を抱えながらも勉強を続け、聡は父の苦労を見守りながら自分にできる一歩を考える。
景気が悪化していくニュースの裏で、社会の変化を好機と捉えて新たな事業を始める人たちの情報もポツポツと流れ始めていた。バブル崩壊という大きな転換点は、人々に苦しみを与える一方、新しい生き方や可能性を探すきっかけにもなっているようだ。
- 【守谷 聡(心の声)】
(時代は変わる。それも、想像以上に早いスピードで。バブルのときは誰もが浮かれてたけど、その裏にはいつか崩壊するリスクがあった。今、僕たちは“失われた10年”と呼ばれる不況の入り口に立ってる。
でも、先生の言うとおり、こんなときだからこそ新しい何かが生まれるのかもしれない。将来は、僕も自分なりの方法で、世の中の役に立ちたい……)
曇り空のグラウンドを横切りながら、聡は胸の中に小さな希望の芽を感じていた。どんな厳しい時代でも、人々は生き抜いていくし、その先にはきっと新しい景色が広がっているはずだ。
あとがき
このエピソードでは、バブル経済の崩壊とそれによってもたらされる**「失われた10年」**の始動を描きました。前回のエピソードで賑わっていた家庭や社会が、一転して不況やリストラ、倒産という暗い影に直面する様子を、中学3年生の聡の目を通して伝えています。
実際の歴史でも、1990年代前半にバブルは急速に崩壊し、金融機関や不動産業を中心に多くの企業が経営難に陥りました。さらに就職氷河期と呼ばれる時代に突入したことで、多くの若者が将来の選択肢を狭められる経験をしました。
しかし、こうした厳しい状況の中でも、新しいビジネスや文化が育ち、日本社会は変化を続けてきました。社会が大きく変わるときほど、自分たちの生き方や価値観を見つめ直すチャンスでもあることを感じていただきたいと思います。
次回:【Ep.3】混乱の年——阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件
用語集(歴史を学ぶうえで重要な用語の解説)
- バブル崩壊
1980年代後半から続いたバブル経済が、1990年代初頭に株価や地価の暴落によって終焉を迎えたこと。企業や個人が抱えた借金(不良債権)が社会問題化し、日本経済に長期停滞をもたらした。 - 不良債権(ふりょうさいけん)
金融機関が貸し出したお金のうち、返済が滞って回収不能になったり、回収が難しくなった債権のこと。バブル崩壊後、多くの金融機関が不良債権問題に苦しんだ。 - リストラ(リストラクチャリング)
企業が経営を立て直すために行う「事業の再構築」のこと。人員整理や事業縮小といった厳しい施策も含まれ、バブル崩壊後の不況期に頻繁に行われた。 - 失われた10年
バブル崩壊後の1990年代を中心とした長期的な経済停滞の期間を指す。企業倒産や就職氷河期などが社会問題となり、日本経済が停滞した状態が長く続いた。 - 就職氷河期(しゅうしょくひょうがき)
バブル崩壊後の不況で企業が採用を抑制したため、新卒者の就職が非常に困難になった時期。特に1990年代後半から2000年代前半にかけて顕著だった。
参考資料
- 文部科学省検定済教科書(社会科・歴史分野)
- 日本銀行「金融政策報告書(1990年代)」
- 内閣府「経済財政白書(バブル崩壊後の日本経済)」
- NHKアーカイブス「バブル崩壊と失われた10年」関連ドキュメンタリー
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