全体構成案(シーン概要)
- シーン1:「満州からの報せ」
- 1931年、満州事変(まんしゅうじへん)の発生。関東軍による軍事行動が報道され、日本国内では「勝利」のニュースに沸く一方、真実を疑問視する者も現れる。杉山一家や周囲の人々が、その報道にどう向き合うのかを描く。
- シーン2:「五・一五事件と国際連盟脱退」
- 1932年に起こった五・一五事件で犬養毅首相が暗殺される衝撃と、1933年に日本が国際連盟を脱退する流れを、街の庶民が不安とともに受け止める様子を描写。軍部の影響力が強まる中で、政党政治が揺らぎ始める。
- シーン3:「二・二六事件の衝撃と戦争の足音」
- 1936年の二・二六事件をきっかけに、国内の軍国主義がさらに進行。杉山一家にも動員や戦時色の強まりがじわりと迫り、1937年の日中戦争突入直前の重苦しい空気を漂わせる。
- エピローグ(短いまとめ)
- 軍部が台頭し、徐々に戦争へと傾いていく昭和初期の日本を振り返り、次の物語(太平洋戦争期)への伏線を示す。
登場人物紹介
- 杉山商店一家(東京市内の下町で雑貨商店を営む)
- 杉山 武蔵(すぎやま むさし):前回(エピソード1)から引き続き登場。40代半ば。家族と商店を守るため、時代の変化を懸命に受け止める。
- 杉山 里江(さとえ):武蔵の妻。30代後半。穏やかで芯の強い性格。軍国化の風潮に不安を抱えつつも、家族の絆を大切にする。
- 杉山 拓郎(たくろう):前回は15歳だったが、本作では17〜18歳ほどに成長。いつかは店を出て働こうかと考え始めているが、軍の動員が身近な話題になり、進路に迷いを感じる。
- 三田村 銀之助(みたむら ぎんのすけ):銀行員。30代前半。世界恐慌時の混乱を乗り越えたものの、国内情勢の不安定化に心を痛めている。
- 堀川 俊彦(ほりかわ としひこ):関東軍の下級将校(新キャラクター)。20代後半。新聞では「英雄的行為」と称賛されるが、実際には複雑な立場にいる。帰郷の際に杉山一家を訪れ、その現地の実情を語る。
- 犬養 毅(いぬかい つよし):実在の首相。五・一五事件で暗殺される。
- 軍部強硬派・青年将校たち:名前は出さずに複数人として描写。国内政治への不満を高め、クーデター的行動を起こす二・二六事件の主役となる。
- 近所の人々、街の住民:昭和初期の庶民。先の見えない時代を必死に生きている。
本編
シーン1.満州からの報せ
【情景描写】
1931年秋。東京市内の下町は少しずつ秋の気配に包まれ、朝夕の風にひんやりとした冷たさが混じり始める。杉山商店の店先では、里江が乾物や缶詰などの在庫を点検している。武蔵は仕入れ先との取引をまとめた帳面を見つめ、眉間にしわを寄せていた。
そこへ、ラジオから一報が流れる。「満州(中国東北部)で関東軍が鉄道爆破事件をきっかけに行動を起こし、大成功を収めた」と報じられ、新聞号外も出たというざわめきが商店街に広がる。
【会話】
- 【ラジオの声】「……関東軍は、満州において軍事行動を開始し、これを大いに成功させたと発表しております……。」
- 【里江】「(ラジオを止めて)ねえ、武蔵さん。『軍事行動』って……何が起こってるんだろうね? 満州って、ずいぶん遠い場所だけど……。」
- 【武蔵】「(眉をひそめたまま)どうやら、中国の軍隊と衝突しているらしい。これまでにも満州に駐留する関東軍の話は耳にしてたが、まさかこんな形で戦いが始まるとは……。」
- 【拓郎】「(奥から出てきて)学校でも噂になってるよ。『満州は日本の生命線だ』って先生が言ってた。軍が勝ってるんだって、大騒ぎさ。東京の大手新聞も『関東軍の快進撃』って書いてあるらしい。」
- 【里江】「でも、本当にそうなのかしら。爆破されたのは満鉄(まんてつ:南満州鉄道)だっていうし、日本がやったんじゃないかって噂も……。」
- 【武蔵】「(静かに)そんなこと、うかつに口に出すと危ないって聞くぞ。世の中、軍を批判する声は『国を思わない非国民』扱いになりかねない。」
そのとき、玄関の戸がカラカラと開いて、銀行員の三田村が慌ただしく入ってくる。
- 【三田村】「杉山さん、聞きましたか? 満州の件で、銀行にも問い合わせが殺到してるんです。『これから景気がよくなる』って言う人もいれば、『戦争に突き進むんじゃないか』って不安がる人も……。」
- 【武蔵】「たしかに……。何がどう転ぶのかさっぱりわからない。大正のころとは比べ物にならないぐらい、国の空気が変わってきたな。」
- 【三田村】「(小声で)もし日本が中国と本格的に戦い始めたら……経済もどうなるかわかりません。うちの銀行は、国債とか軍需関連にも融資が増えてきていて……それがいいことなのか、悪いことなのか……。」
三田村の苦悩をよそに、通りには「号外だ! 満州で大勝利!」と叫ぶ新聞売りの声が響く。その声を聞きながら、杉山一家はただ静かに、不安と期待が入り混じった複雑な気持ちを抱えていた。
シーン2.五・一五事件と国際連盟脱退
【情景描写】
1932年5月。日本では連日「満州国建国」の話題で持ちきりだが、その一方で国内の政治は不穏な空気に包まれていた。軍部と政治家の対立が強まり、首相・犬養毅のもとに届く脅迫じみた声も増えているという。ある雨の降る朝、杉山商店のラジオから衝撃的なニュースが流れた。「犬養首相が海軍の青年将校らに襲撃され、死亡」という報道。通りには暗い雨音が響き、人々は言葉を失っている。
【会話】
- 【ラジオの声】「……本日午後、内閣総理大臣の犬養毅氏が海軍青年将校により襲撃され、およそ数時間後に……」
- 【里江】「(震える声)殺されてしまったって……首相が暗殺なんて……。こんなこと、今まで聞いたこともないわ……。」
- 【武蔵】「(言葉を飲み込みつつ)五・一五事件……って言うらしい。軍の若い連中が、政治がダメだと勝手に判断して……許されるはずがない……。」
- 【拓郎】「僕の友達の家でも、『軍人様が正義である』みたいなことを言う大人がいて……。まるで、国のあり方を軍が決めてしまうみたいで、怖いよ……。」
そんな会話を交わしていると、疲れた表情の三田村が、しとしと降る雨を払うようにして店へ飛び込んでくる。
- 【三田村】「杉山さん、大変なことになりました。政府がどんどん軍の意向を優先するようになって……。さらに、国際連盟でも『日本が満州を不法に占領している』って非難されて……もう日本は連盟を脱退するって……。」
- 【里江】「国際連盟を脱退……それって、世界との約束事から外れてしまうってこと?」
- 【三田村】「はい……。1933年の初めには正式に脱退したようです。ますます日本が孤立しそうで、これから何が起きるか……僕にも想像がつきません。」
- 【武蔵】「(うつむきながら)昭和になって、たった数年でこんなことになるとは……。犬養さんの『話せばわかる』は、軍人たちには通じなかったんだな……。」
店の窓ガラスを濡らす雨粒が、妙に冷たく感じられる。外界の暗さが、そのまま日本の未来を暗示しているかのように見え、杉山一家と三田村は声を失ったまま、じっと雨音を聞き続けていた。
シーン3.二・二六事件の衝撃と戦争の足音
【情景描写】
1936年2月26日、東京に大雪が降り積もり、朝から白い風景が広がっていた。その白さとは裏腹に、都心部では陸軍の青年将校たちがクーデターを起こし、永田町や霞ヶ関を占拠。多数の要人が殺傷され、街は騒然となる。数日後、杉山商店は客足も途絶え、シャッターを半分だけ開けていた。人通りが少なく、町全体が息を潜めているかのようだ。
【会話】
- 【武蔵】「(店内の暗い雰囲気の中で)陸軍の若いやつらが、政治を変えようと反乱を起こした……。もう、政治家を暗殺するなんてことが当たり前になるのか……。」
- 【里江】「新聞じゃ『尊皇討奸(そんのうとうかん)』って見出しもあったわ。政治家が腐敗してるとか、軍人が怒るのもわからなくはないけど……命を奪うなんて、絶対におかしい。」
- 【拓郎】「学校でも、先生が『今回の二・二六事件は国を憂える真摯な行動だ』なんて言ってた。別の先生は不快そうに黙りこんでたけど……。どっちが正しいんだか僕にはわからないよ。」
そんな暗い空気の中、バタバタと足音が聞こえ、関東軍の制服をまとった一人の男が店に入ってくる。堀川俊彦――杉山家の遠縁にあたる青年将校で、久しぶりの帰郷だった。
- 【堀川】「(敬礼しかけるが身内と気づき)杉山さん、ご無沙汰しております。俺……満州から一時帰国しました。いろいろ複雑な状況ですが……。」
- 【武蔵】「おお、堀川くん……ずいぶん久しぶりだな。満州はどうなんだ? 新聞では成功ばかりが報道されてるが……。」
- 【堀川】「(言葉を選びつつ)成功といえば成功ですが、実際は現地の人たちとの摩擦やトラブルも多い。政府や新聞が言うほど単純じゃありません。満州国だって……いろいろと都合よく動かしている面があるんです。俺たちは、ただ命令に従うしかないんですが……。」
堀川はそう言いながら、店の暗がりで疲れたように肩を落とす。
- 【拓郎】「堀川さん、もしかして軍部の上層部と若い人たちで意見の食い違いがあるんですか? 二・二六事件だって、若手の将校が起こしたんでしょう……。」
- 【堀川】「(小さくうなずく)そうだな。若い将校たちは『天皇陛下のため』と言って暴走してしまった。ほんとうは天皇陛下がそんな血なまぐさいことを望んでいるはずもないのに……。俺の周りにも、複雑な気持ちでいる仲間が多いんだ。」
- 【里江】「あなたも大変ね……。今の時代は、人を疑い、攻撃し、どこへ向かってるのかわからなくなる……。」
- 【堀川】「そして、いよいよ……中国本土へ軍を進めるなんて話が出はじめてるんです。最近は『近いうちに本格的な戦争になるかもしれない』って……。」
杉山一家は息をのむ。堀川の言葉が、この国の行く末を暗示しているようで、誰もが胸に重い塊を抱えているかのようだった。
【情景描写続き】
堀川は短い滞在を終えると、再び満州へ向かうと言う。彼が店を出ていく姿を見送りながら、武蔵はそっとつぶやいた。
「日本は、いったいどこへ向かうのか……。」
その問いかけに答えてくれる者は、まだどこにもいない。
エピローグ
五・一五事件で首相が暗殺され、国際連盟を脱退し、さらに二・二六事件で国内の政治が混迷を深めていった昭和初期。その一方で、満州事変をきっかけに始まった軍部の影響力は、国民生活のあらゆる場面に浸透し始める。
次第に「戦争を否定する」ことがためらわれる空気が生まれ、学校や職場でも軍国主義を支持しない者が肩身の狭い思いをするようになっていった。杉山商店の一家も、そんな時代の潮流の中でどう生き延びるべきか迷い続けている。
やがて、1937年には盧溝橋(ろこうきょう)事件をきっかけに、日中戦争へと本格的に突入していく――。混迷と不穏の色を増す昭和前期。杉山一家の物語は、さらなる激動へと向かっていく。
あとがき
エピソード2では、昭和初期における軍部の台頭と国内政治の混乱を取り上げました。満州事変をきっかけに軍部が大きな影響力を持ち始め、やがて五・一五事件や二・二六事件というクーデター未遂事件を通じて政党政治が弱体化していった過程は、日本が戦争へと突き進む重大な転換点でした。
名前だけ聞いたことがあるかもしれない「満州事変」や「五・一五事件」「二・二六事件」。これらの出来事が、当時の庶民や現地で活動する兵士、銀行員などの生活をどう変えていったのか――そうした視点で考えると、歴史が単なる「過去の出来事」ではなく、今に通じる大きな問題をはらんでいることがわかるのではないでしょうか。
次回エピソードでは、いよいよ日中戦争の開戦から太平洋戦争(第二次世界大戦)へと進む、日本の苦難の道が描かれることになります。戦時下で人々の生活がどのように変化していったのか、一緒に見つめていきましょう。
用語集(歴史を学ぶうえで重要な用語の解説)
- 満州事変(まんしゅうじへん)
1931年、南満州鉄道の線路爆破事件をきっかけに関東軍が中国東北部で起こした軍事行動。日本では「関東軍の大成功」と報じられたが、国際社会からは侵略として非難を受けた。 - 満州国(まんしゅうこく)
1932年、関東軍が事実上の支配下で建国を宣言した国。実態は日本による傀儡(かいらい)政権だったとされる。 - 五・一五事件
1932年5月15日、海軍の青年将校らが犬養毅首相を暗殺した事件。「話せばわかる」と言った犬養首相に対し、「問答無用」と銃撃したと伝えられる。 - 国際連盟脱退(こくさいれんめいだったつ)
満州事変をめぐって国際連盟から侵略とみなされた日本は、1933年に連盟を脱退。世界から孤立を深め、軍国主義が強まる一因となった。 - 二・二六事件
1936年2月26日、陸軍の青年将校が大雪の東京でクーデターを起こし、政治家や軍上層部を狙撃・殺害した事件。昭和史の大きな転換点の一つ。 - 盧溝橋事件(ろこうきょうじけん)
1937年7月7日に北京郊外の盧溝橋付近で起きた日中両軍の衝突。これをきっかけに日中戦争が本格的に始まった。
参考資料
- 中学校社会(歴史的分野)教科書各社
- 『昭和史 1926-1945』(半藤一利 著)
- アジア歴史資料センター(当時の公文書・軍事資料)
- 国立公文書館デジタルコレクション(昭和初期の新聞・雑誌記事)
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